2012年1月30日月曜日

仕事のこと:六号通り診療所所長のブログ:So-netブログ

こんにちは。
六号通り診療所の石原です。

朝から健診結果の整理などして、
それから今PCに向かっています。

それでは今日の話題です。

ワーファリンに代わる新薬として、
今年3月に発売されたプラザキサ(一般名ダビガトラン)については、
これまでにも何度も記事にしました。

ワーファリンより気軽に使用出来、
安全性も有効性も高い薬剤として、
非常な注目を集めて発売されましたが、
その後数ヶ月で出血性の合併症による死亡の事例が、
相次いで報告され、
厚生労働省はブルーレターと称される、
緊急の安全性情報で、
医療機関に注意を喚起する事態となりました。

今回市販後の6ヶ月の副作用の調査がまとまり、
最終報告の形になりましたので、
その内容とプラザキサ使用上の注意点を、
僕なりにまとめておきたいと思います。

今年の3月14日から9月13日までの集計として、
重篤な出血の合併症が、
139例報告されていて、
このうち出血による死亡事例が、
15例に上っています。
出血と直接の因果関係がないとされたものも含めると、
薬剤との関連性が疑われる死亡事例は、
24例となっています。
その間にこの薬をお飲みになった患者さんの数は、
推定で7万人と考えられています。

ただし、これは単純に、
139を7万で割るような話ではありません。
市販後調査というのは、
あくまで主治医からの報告があったもののみの集計なので、
実際にはそういう事例が存在しても、
主治医の多忙等の理由で、
報告がされない事例は多くあるのです。
従って、これは最低でも139例はあったと考えるべきで、
実際の件数は、
これで済むものではありません。

つまり、この薬は確かに、
トータルに見ればワーファリンより効果は安定して使い易く、
安全性においても劣るということはない薬剤ですが、
その使用においては、
ワーファリンとは別個の注意が必要である、
ということです。

以下、箇条書き的にその注意点をまとめます。

①腎機能の評価はeGFRではなく、クレアチニンクリアランスで行なうことを肝に銘じる。
この薬は主に腎臓から排泄されるので、
腎機能が低下している患者さんでは、
その使用量を減らし、
あるレベル以上に低下している可能性のある患者さんでは、
その使用は行なわない、
と当初からそうした指示がありました。

クレアチニンクリアランスという数値が、
30ml/min という値を切る患者さんには、
使用しないという基準です。

ただ、ここにちょっとした混乱がありました。

腎機能を精査するには、
1日のおしっこを全て溜めるなどの、
やや面倒な検査が必要です。

ただ、全てのお薬を使用する患者さんに、
そうした検査をすることは現実的ではないので、
主に血液のクレアチニンという数値を利用して、
一種の換算式で、
腎機能を測定する方法が、
一般に使用されています。

この時の腎機能の指標には、
以前は専らクレアチニンクリアランスという数値が、
使用されていました。

しかし、最近CKD(慢性腎臓病)という考え方が、
アメリカ様の方から導入されると、
その時の腎機能の指標には、
矢張り簡易的にはクレアチニン値から計算されるのですが、
eGFRという数値が使用されるようになりました。

どちらの指標も、
その単位はml/min で同一です。
ただし数値的にはeGFRの方が、
クレアチニンクリアランスより高い値になるのです。

ここに1つの混乱の元がありました。

今回重篤な出血を起こされた患者さんで、
典型的なケースを挙げてみます。

患者さんは86歳の女性で、
その体重は45キロです。

この方の血液のクレアチニン値は0.96mg/dlで、
普通はこの数値を見て、
少なくとも「重症の腎機能低下」とは思いません。

しかし、計算式でクレアチニンクリアランスを計算すると、
29.9で30を切っているのです。
それが、eGFRという指標で計算すると、
41.7になります。
つまり、これだけの違いがあるのです。

この方は厳密に言えば、
プラザキサの対象外です。

しかし、お元気な方で血液のクレアチニン値が1を切っていれば、
通常は問題のないレベルと考えます。
そして現在通常使用するeGFRで計算すると、
40を超えているのだから、
問題なく使用可能だ、
という誤った判断をしてしまうのです。

何故こうしたことになるかと言えば、
腎機能の換算式には、
年齢のファクターが入っているからです。

つまり、この結果を見て、
僕が正直に思うことは次のような教訓です。

②高齢者へのプラザキサの使用は、原則禁忌と考える。
重篤な出血の事例の中で、
83%は70歳以上で、
71%は75歳以上です。
死亡事例に限れば、
15例中14例は70歳以上です。

ただ、問題は75歳以上で脳卒中のリスクが高まるため、
心房細動のような不整脈をお持ちの方の、
脳卒中の発症リスクも、
その年齢から上昇する、
という事実です。

つまり、より薬の必要性の高い年齢層で、
出血性の合併症も起き易い、
というジレンマがあるのです。

従って、現状70歳以上の方では、
まずはワーファリンを優先で考え、
ワーファリンの使用が、
何らかの理由で難しかったり、
その効果が不安定な場合に限って、
プラザキサの使用を考慮し、
その場合には、
腎機能の評価を厳密に行なう、
という方針が、
現状では妥当ではないかと考えます。

特に80歳以上の高齢者では、
ある程度の腎機能の低下はむしろ当たり前のことで、
その評価も厳密には困難な場合が多いので、
厳密な腎機能の評価が困難な場合には、
プラザキサの使用は行なわないのが、
適切ではないかと思います。

今回のケースでは、
緊急の安全性情報が出て以降は、
新たな死亡の事例は報告されていません。

これはどういうことかと言えば、
処方する医者が、
その適応についてより慎重になったために、
リスクの高そうな患者さんには、
プラザキサの使用を控えたことと、
患者さんの側もプラザキサが福音のような薬とは思わなくなり、
その使用に慎重になったためと考えられます。

つまり、処方する医者と患者さんの意識の変化によって、
重篤な副作用の多くは回避可能だ、
ということを意味しています。

この点について、
僕が強く思う教訓は次のようなことです。

③プロモーションをする高名な先生の言うことを鵜呑みに すると、患者さんの不利益になることが多い。
新薬の発売の時期には、
製薬会社が主催して、
そのジャンルでは高名な先生が講師となり、
一般の医師向けの講演会や勉強会が、
盛んに行なわれます。
最近ではネットの医師向けのニュースでも、
そうした宣伝まがいの記事が、
溢れ返ります。

そうした席では、
新薬の褒め殺しのような説明が行なわれ、
「こんな良いこと尽くめの薬を使わないのは馬鹿だ!」
というような内容が洗脳的に垂れ流されます。

その先陣に立っているのが、
臨床試験の取りまとめをされたような、
その分野でのトップに立つ、
高名な先生方です。

しかし、一旦今回のように、
発売から数ヶ月で多くの合併症が報告されると、
こうした高名な先生の言われることは一変し、
「元々慎重に使用するべき薬であり、
私のような専門医はそのように使用しているが、
あまり知識のないボンクラ医者が、
適応でもない症例に使用するので、
こうしたことが起きたのだ。
迷惑千万!」
のようなコメントが発表されるのが通例です。

しかし、僕はボンクラ医者の1人として、
その先生に言いたいのです。

「でも先生、
それなら先生は腎機能の指標として、
eGFRを使用すると誤りの生じ易いということも、
高齢者への使用は慎重であるべきだ、
ということも、
aPTTはなるべく定期的に測った方が良い、
ということも、
ワーファリンでは上部消化管出血が多いが、
プラザキサでは下部消化管出血の頻度も多いので、
便の検査も定期的にした方が良い、
ということも、
全てマルッとお見通しだったのでしょうから、
どうしてそうした情報を、
講演会で強調して説明してはくれなかったのですか?
新薬の有効性よりも、
そうしたことこそ僕達にとって、
何よりも有益な情報ではなかったでしょうか?
専門医でないと使用にリスクの高い薬であることも、
僕らがボンクラであることもお見通しだったのなら、
発売から半年くらいは、
処方は原則専門医に任せてもらいたい、
と言って頂いても良かったのではないですか?」

しかし、
そうしたことをご高名な先生は、
新薬の宣伝の講演会では、
絶対言われないのです。
基本的に良い話だけをするのです。
いや、勿論副作用の話などもしますし、
上記のような内容も、
お話されない訳ではないのですが、
全体としては、
新薬のメリットは大きく、
ドシドシ使用するのが良い、
という印象を聞く者の耳に残すのです。

「先生方がどしどしこのお薬を使って頂いてですね、
患者さんの助けになって上げて下さい。
安全性の高い薬ですから、
気軽に使って頂いて大丈夫ですよ」
みたいなことをおっしゃるのです。

僕は個人的にはプロモーションの講演会には、
あまり最近は足が向きませんし、
新薬の発売後半年は、
その処方は、
原則としては行なわず、
確実にメリットのある患者さんに限って、
使用する方針としています。

プラザキサはワーファリンに代わり得る、
有用性のある薬ですが、
出血性の合併症が、
一旦生じると重篤に成り易い傾向はあり、
その点ではその適応とその後の経過観察に、
より慎重な姿勢が求められる薬剤だと思います。

来年にはワーファリンに代わり得る、
また別個のメカニズムの薬2種類の発売が、
もう決まっており、
治療の選択肢が増えることは、
医療者にとっても患者さんにとっても、
非常にメリットのあることですが、
却って患者さんにご負担を掛けたり、
悪い結果に繋がらないように、
末端の医者の1人として、
プロモーションではない、
信頼性のある情報の収集に努めると共に、
より慎重な姿勢で、
患者さんにとって、
どの薬剤が最も適切であるのかを、
見付ける努力を続けたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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